2023.04.05
マンション建替えの現状と施策
はじめに
日本におけるマンションの多くは1960年代の高度成長期において大都市の郊外部を中心に供給された背景を持つ。これまで約685万戸余り(2021年末)が供給され、都市居住の主要な居住形態として広く普及している。
一方で、旧耐震基準のマンションは約103万戸あり、今後も老朽化したマンションは急増していく見込みとなっている。旧耐震基準のマンションでは耐震性能が現在の基準と比べて不足している場合が多く、大規模な地震などに対応できないことが見込まれる。
また耐震性能だけでなく老朽化したマンションでは、区分所有者の高齢化による空き住戸の増加・管理組合の役員不足や総会運営や集会の議決が困難になる等のソフト面での課題も有する。
ではなぜここまで老朽化したマンションが残るのか。理由としてマンションの建替えが進まないことが挙げられる。
01.マンション建替えが進まない背景
一般的にマンションは適正な管理と修繕を行うことで、より長く使うことができるとされている。
修繕・改修が困難な場合にはじめてマンション建替えという選択が生じるが、現実には実現が困難な場合が多い。下図のように、マンション建替えの実績は累計で270件(2022年時点)であり、旧耐震基準のマンション戸数と比べても極めて少ないのが実態である。
ではなぜマンション建替えが進まないのか、その大きな理由を説明したい。
01.1自己負担金額の高さ
マンション円滑化法に基づく建替えの場合、少なくとも4/5以上の区分所有者の合意が必要となるが、反対の理由として自己負担しなければならない金額の高さが理由として挙げられる。
国土交通省「マンションの再生手法及び合意形成に係る調査」によると、総事業費における工事費割合の高まりにより、自己負担が年々増加傾向になっているという。
特に老朽化したマンションでは区分所有者の高齢化・多様化が広がっており、新規の住宅ローンが組めない高齢者や既存の住宅ローンとダブルローンになる区分所有者などには経済的な負担が合意形成に大きく影響を及ぼす。
また自己負担額の増加に伴い、従前の居住面積から従後の居住面積への還元率も年々下がって来ていることも、合意形成が進まない要因である。
01.2建替え事業が成り立つ難しさ
建替え事業には区分所有者の合意だけではなく、専門性が高いため事業者(コンサルタント・デベロッパー)の参画が必要になる。問題は、事業者が参画できる利益を生み出せるマンションが少ないことである。
利益がでない背景として、容積率(敷地面積に建築できる建物のボリューム)が充分に創出できないことが理由として挙げられる。
例として、マンション建設時には適法であったが、経年と共に高さ規制や日陰規制など様々な制限が掛かり、既に既存不適格となっているマンションである。こういったマンションは、既存の容積率を回復することができないため、区分所有者の専有面積を減らすことや転出者を出さなければ実現できないことになる。
余剰容積を生み出せないと建替えに必要なノウハウを持つコンサルタントへの支払いができないことや区分所有者が取得しなかった余剰床(保留床)を売って利益を出すデベロッパーの参画意欲を失うことになる。
02.マンション建替えを進めるために
これまではマンション建替えの実現が困難な背景を述べてきたが、実現に向けた取組みや各種法令の改正、補助金や助成金の拡充が進んでいることも事実である。過去、建替えを検討されたが断念した管理組合員の方も、今一度最新の情報を確認して頂きたい。
02.1区分所有者の資金調達の方法
マンション建替え事業は基本的に自宅の建替えと同じであるため、自己資金・自己負担が原則である。引越しや仮住居費用などは管理組合に修繕積立金等が残っていれば、この分配金を充てることが一般的である。
ただ上述した通り、区分所有者が高齢の場合一般的な住宅ローンを組むことが困難な場合が多い。こうした状況に対応する制度として、住宅金融支援機構の「高齢者向け返済特例制度」や「親子リレー返済制度」の活用を検討されたい。
高齢者向け返済特例制度とはいわゆる、リバースモーゲージ型住宅ローンと呼ばれるものである。特徴としては、高齢者(借入申込時満60歳以上)を対象とした商品であり、月々の返済が低利な利息のみとなるため、収入が少ない高齢者の月々の返済負担が軽減できること、借入金元金の返済は区分所有者本人の死亡時点まで留保される事といった点である。
親子リレー返済制度とは、子ども等の一定の条件を満たす後継者と併せて二世帯で借入をする制度である。後継者の年齢をもとに借入期間を算出するため、借入期間を長くすることが可能となる。
重要なことはどれだけ専有面積がこの先必要になるかという目線で資金調達を検討することである。高齢夫婦2人だけであれば、従前と同じだけの面積を確保する必要が無い場合も多い。
02.2補助金・助成金の活用
上述では区分所有者の資金調達について述べたが、事業者の参画のためには建替え事業の事業性を上げる必要がある。その一つの手段が補助金や助成金の活用である。
建替え等に使用できる支援制度は大きく4つある。一つ目は「優良建築物等整備事業」である。これは概ね1,000㎡以上の敷地面積があり、要除去認定基準(※注釈)に適合する共同住宅に対し、調査計画費等の補助金が下りる制度である。
※令和2年のマンション建替円滑化法改正により、除去の必要性に係る認定の対象が拡充され、これまで耐震性が不足するマンションのみに適用されていた「マンションの敷地売却制度」及び「容積率緩和特例制度」の対象に火災安全性や外壁等の剥落の危険性があるマンション等が加えられた。
二つ目は、「都市再生住宅等整備事業」である。こちらは密集住宅市街地の整備やマンション建替え事業等の施行により、住宅を失い住宅に困窮することとなる従前区分所有者のために住宅を整備・供給する事業に対してその費用の一部を助成するものである。
三つ目は、「防災・省エネまちづくり緊急促進事業」である。これは、防災性能や省エネルギー性能の向上といった緊急的な政策課題に対応した、質の高い建物を整備する開発事業等の施行者に対し、国が助成を行うものである。助成のためには、必須要件と選択要件を満たす必要があるものの、条件を満たすと段階的に建設工事費に乗じた補助金が助成される。
四つ目は、「マンションストック長寿命化等モデル事業」である。これは、老朽化や管理組合の担い手不足が顕著な高経年マンションストックの再生を推進するため、再生の検討から⾧寿命化に資する改修等を行うモデル的な取組に対して支援を行う事業である。
支援には2種類あり、先導性の高い⾧寿命化等に向けた事業を実現するための必要な調査・検討等への支援を行う「計画支援型」と老朽化マンションの⾧寿命化に向けて、先導性が高く創意工夫を含む改修等への支援を行う「工事支援型」がある。
この事業の特徴は、マンションの維持・管理の長期化を目的とした制度であるものの、長寿命化の工事が不合理な場合(有識者委員会で認められる必要あり)、建替え事業も補助対象となることである。
また、「モデル的な取組に対して支援を行う」とあるが、例えば神奈川の事例では、空き家と賃貸化が進む小規模マンションの再生手法の検討に際して採択され、老朽マンションの改修か建替えかの比較検討について補助が行われた。このように必ずしも真新しさは必要なく、波及効果が見込まれる事業が採択される場合が多い。
初期の計画段階で補助金で調査ができるため、例えば建替えの反対者が居る場合においても、自己負担を少なく調査が進められるメリットがある。
02.3隣接地の活用
建替え事業の事業性を上げる取組みとして検討をして頂きたいことが、隣接地を組み入れる検討である。
上述のように、古い法制度の下で建設されたマンションは建替えの際に充分な容積を満たすことができない場合がある。容積率が低いと、区分所有者の将来の還元率が低くなり、結果として合意形成に影響を及ぼす。また区分所有者が取得しなかった床(保留床)を処分して利益を出すデベロッパーなどの事業者が参画する意欲が生まれない。
そこでマンション建替円滑化法で建替えを行う場合、隣接地(駐車場、戸建て、団地、公園等)を取り込むことにより事業性が向上できないか検討することが有効である。
具体的には隣接地を取り込むことにより、接道条件の改善、敷地規模拡充による建築計画の確保、開発利益の向上等のメリットが見込まれる。また隣接地所有者にとっても単独で所有しているより資産価値が向上することのメリットがある。
02.4保留敷地の活用
事業性を上げるために容積率を上げるのではなく縮小することで実現するという取組みもある。
マンション建替円滑化法において、新しく建替えするマンションの敷地と従前の敷地が同一とならなくても事業を進めることができる。上述の隣接地を取り込むことは規模の拡大だが、保留敷地とは、建替えマンションの敷地を分割(敷地を縮小)し、建替えマンションの敷地とならない別の土地を生み出すことである。
例えば郊外エリアで従前のマンションが大規模な場合、少子高齢化の影響により建替え後の需要が従前の規模ほど必要がない場合もある。そういった場合、保留敷地を創出し、売却等で資金を生み出し建替え費用に充当させることもできる。
02.5マンション敷地売却制度の活用
マンションの再生手法として、改修・耐震化・建替え等の手法が一般的であるが、マンションとその敷地を「売却」することで生活再建を行えるという制度がある。
マンション敷地売却制度は、耐震性の不足する倒壊・崩壊の危険性のあるマンションを区分所有者の多数決により、マンションとその敷地を買受人(デベロッパー等)に売却し、当該マンションとその敷地を買い受けた者がマンションの除却を行うものである。
これまでのマンション再生は、現マンションとその場所で建替えることを前提としていたが、マンション敷地売却事業では、マンション資産を金銭で受け取り、当該マンションとは別の場所で生活再建を図る制度とも言える。
メリットとしては、本来はマンション敷地は共有物のため売却には民法上の「全員の同意」が必要になるのだが、この制度を活用すれば、一定の合意率で敷地を売却できる点である。
マンション敷地売却制度を活用するためには、マンションが老朽化等で除去が必要という認定を受けることが必須になるが、近年の法改正で除去に係る認定対象が拡充されている(耐震性に問題がなくとも、外壁の剥落や火災安全性等により危害が生ずる場合など)。また容積率を緩和する制度もあり、既存のマンション建替え事業では実施できなかったマンションでも検討が進められる場合もある。
02.6自主建替えという選択肢
上述の隣接地の活用や保留敷地の活用はマンション建替円滑化法による事業である。これは区分所有者が新しい建替えマンションへ権利変換(※注釈)で取得する以外の余剰床(保留床)を処分することにより建替えに必要な事業資金を調達する事業である。そのため保留床の処分性が事業の成否に関わる事業とも言える。※建替えに参加した区分所有者の「権利の種類」と「資産額」に応じて、事業後に完成する建替えマンションの敷地や床に関する権利が与えられます。これを「権利変換」といいます。
マンション建替えの事業性を高める方法として、スポンサーとなるデベロッパー等を事業協力者として参加させるのではなく、建替え組合自らがマンション再生コンサルタント等の専門家の協力を得て資金調達・保留床処分を担う自主建替えを進めることも選択肢の一つである。特にたくさんの余剰床(保留床)が見込めない小規模マンションにおいては自主建替えが現実的で有効な手法ではないだろうか。